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さようなら、ありがとう。 [歌舞伎]

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最後の雄姿。
様々な感動を、どうもありがとう。

できることなら、この姿はずっと残していて欲しかった。
時代が変化する中、ここではいつも古き良き芝居の世界に浸れ、
創建当初にタイムスリップしたかのような感覚が味わえた。

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生まれて初めて歌舞伎を見たのは、13年前の10月。
友人に連れられ、知識もなく、見方も分からず、
古い劇場に圧倒されながら席に着いたときの緊張感が忘れられない。
最初に見た演目は、「源平布引滝」の「藤弥太物語」。
正直なところ、話の筋はほとんど分からなかったけれど、
豪華絢爛な舞台を見る楽しみと、役者の気迫は十分に感じられた。
今は亡き、17代市村羽左衛門や、先代の坂東三津五郎が出演した、
今考えると豪華な配役だった。
「藤弥太」は、このとき以来見たことがない。

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人が演じることの美しさを知ったのも、歌舞伎座でだった。
幕見席から眺めた、玉三郎の「鷺娘」。
儚さと哀しさが伝わる分だけ美しく、舞台を見ながら涙ぐんでいた。
あの空間でこそ体感できた、貴重な瞬間だった。

インターネットでチケット予約ができなかった頃、
海老蔵襲名披露のチケットを取るため、会社からこっそり電話をし続けた。
夕方ようやく繋がったところ、ちょうどキャンセルが出た直後で、
運良くその公演日最後の1枚を入手できた。
しかし当日歌舞伎座に行って分かったのが、はとバス席のキャンセル分だったこと。
それでも外国人団体客に混じって、粋な助六を堪能した。
今思えば、それも思い出。

襲名披露と言えば、海老蔵よりも前、
歌舞伎を見始めて間もない頃に、仁左衛門襲名があった。
田舎から出てきた祖母を連れ、ふたりで見に行った。
嬉しそうに舞台を眺める祖母の姿を、今でもよく覚えている。
今ではすっかり足腰が弱くなり、長時間歩けなくなってしまった祖母が、
再び歌舞伎座に来ることは難しいかもしれない。

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初めて母を歌舞伎座に連れて行ったのは、猿之助の「千本桜」。
川連法眼での宙乗りに感激していた様子。
その後は母念願の吉右衛門を見せに連れて行ったり、
勘三郎襲名にも一緒に行き、それが縁か最近はコクーン歌舞伎がお気に入りの模様。

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舞台に感動したり、贔屓の役者ができたり、楽しい時間を過ごせたのは、
偏にあの空間があったお蔭。
歌舞伎を愛する人全てにとって、特別な空間だった歌舞伎座。
劇場の門を潜ると、一気に非日常の世界に入り込め、
この世界にいるうちは、何もかもから隔離されているかのような、
不思議な安心感が与えられた。

歌舞伎座がなくなってしまう日が本当にやって来るとは、
未だに実感が全然湧かないけれど、
ここで過ごした日々のことは、一生忘れられない。

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さようなら。
素晴らしい時間を、本当にどうもありがとう。


***

今月はさすがにチケットの売れ行きが好調で、土日の公演が取れず、
平日でも取れただけいいや、と思っていたのも束の間…。
なんと予定していた頃に、急性腸炎に罹ってしまい、あえなく3部の鑑賞は断念…。
まさかの事態に、本当に悔しい思いをしました。(これも日ごろの行いか…。)
最終月の鑑賞は、誕生日に2部を見ただけという、淋しい事態になってしまいました。

歌舞伎座がなくなってしまうことは、本当に残念ではありますが、
以前、捻挫をしながら見に行ったとき、バリアフリーという概念が全くない造りに、
かなり戸惑い、困った記憶もありました。
座席も狭く、荷物が多いときも結構困っていたので、
新生歌舞伎座は、観客が安心してくつろいで鑑賞できるような造りになればなあと、
期待を込めて、生まれ変わりを待っています。

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歌舞伎座の前で、何十年も甘栗を売っていたおじさん。
おじさんも、歌舞伎座閉場と共に、引退されるそうです。
暑い日も寒い日も、雨の日も雪の日も、香ばしいにおいを醸し出しながら、
ずっと甘栗を作って売っていたおじさん、本当に本当にお疲れさまでした。

(写真は全て3月のものです。)
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コメント 7

バニラ

この歌舞伎座の姿が見られなくなるのは信じられないし、さみしい限りです。
甘栗のおじさんも歌舞伎座とともに生きて来られたのですね…
by バニラ (2010-04-25 19:13) 

TaekoLovesParis

雛鳥さんの思い出の公演、どれも全部見たので、とっても懐かしく思い出していました。こういう「歌舞伎座と私」のような記事、いいですね。
先代の羽左衛門、三津五郎は母が贔屓にしていて、父は猿之助、富十郎が贔屓でした。玉三郎は伯母がひいき。
父が歌舞伎好きだったので、お供をする所から始まりました。
海老蔵襲名披露は、友達が安全策として2箇所に頼んだら、両方で取れて、8人という大人数で行ったのも思い出。
仁左衛門の襲名披露は、あの頃、がんで心配されたけど、大丈夫ですね。
勘三郎の襲名は、まだ記憶に新しいけど、そうですか、おかあさまは、
コクーン歌舞伎にも。私の友達は、金比羅歌舞伎に行ってました。
私も家族と行くことが多かった歌舞伎だけど、雛鳥さんも御家族とですね。
何年後かに、昔の歌舞伎座は、と話してることでしょうね。
by TaekoLovesParis (2010-04-26 22:12) 

あやっぴぃ

ホント、この姿がなくなるのは残念です~!
私は足掛け5年くらい、この近くに勤めていたのに、
中に入ったのはほんと数えるだけで、後悔・・。
新しくなったら行きたいなぁ。
by あやっぴぃ (2010-04-27 13:55) 

雛鳥

バニラさま
nice!&コメント、ありがとうございます!
東銀座に行けば、いつもあの姿を見ることができたのに、これから淋しくなります。
甘栗のおじさんは、このところテレビに何度か出ていたようで、
普段歌舞伎に全く興味のない上司が、おじさんに興味を示していました。
記事にしたは良いけれど、実は一度も買ったことがなかったのです。
最後に買えば良かったなあと、ちょっと後悔しています。

mamiさま
nice!ありがとうございます!

Taekoさま
nice&コメント、ありがとうございます!
Taekoさんの歌舞伎座との思い出も、興味深く読ませていただきました。
お父さまと行かれたという、きっかけが素敵ですね。
ご家族・ご親戚で楽しまれた思い出も、きっとたくさん残っていると思います。
私も歌舞伎座をきっかけに、舞台への興味の世界が広がっていきました。
やはりあの空間は、特別だったなあと思います。
今は淋しさが大きいですが、新しい歌舞伎座で思い出を語るのもいいなあと思います。

あやっぴぃさま
nice&コメント、ありがとうございます!
お近くにお勤めだったのですね。
中に入られる機会は少なくても、あの姿をずっと見られていたことも、
また思い出ですよね。
新しい歌舞伎座は、高層ビルの近代的な建物になるみたいですね。
今度はもっと快適な空間ができるように、期待しながら待っています。

Mapleさま
nice!ありがとうございます!
by 雛鳥 (2010-05-02 21:29) 

いずみ

これが無くなってしまうのは、本当に残念ですよね。
老朽化という問題はあるのかも知れないですが、こういう文化的な
建物がなくなってしまうのは、もったいないです。
やはりビルというよりは、こういう歌舞伎そのものっていう建物を
残して欲しいですよね。
私は歌舞伎は残念ながら縁がなくて、未だ観たことはないのですが
最近メディアでも取り上げられているせいか、一度くらいは観に行って
みたいと思っていたところでした。
新しい歌舞伎座が出来たら、ぜひ足を運んでみたいです。
by いずみ (2010-05-03 10:54) 

pistacci

一枚目とおなじ場所から、今日、やっぱり写真撮ってきました。
お祭のおみこしが立ち寄っていたの。
やっぱり、カメラ片手にたいへんな人だかりでした。
しばらくさみしくなりますね。
by pistacci (2010-05-03 23:12) 

雛鳥

いずみさま
nice!&コメント、ありがとうございます!
歌舞伎座は、建物自体が国の有形文化財に指定されていたので、
そうそう簡単には取り壊せないだろうなあと思っていたのですが。
何度も建て替えの噂はあったのですが、今回こそは本当でした。
時代を経てきたからこそ出せる味わいのある建物だっただけに、
本当に残念でなりませんが、再開される日をじっと待つことにしています。
今は歌舞伎役者もテレビにどんどん出ていますので、
敷居の高さもなくなってきたのではないかと思います。
機会がありましたら、一度ご覧になられてみて下さいね。

pistacciさま
nice!&コメント、ありがとうございます!
おみこしの写真、ネットのニュースで見ました。
閉館しても訪れる方が多くて、ちょっと嬉しい気がします。
私も今までに何枚も写真を撮っていたのですが、やはり最後となると、
行く度に写真を撮りまくってしまいました。
携帯のメモリに、かなりの枚数が保存されています(笑)。
しばらくは、演舞場や国立劇場にて、歌舞伎鑑賞となりそうです。
by 雛鳥 (2010-05-05 22:11) 

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