「藪原検校」

　　　　　　

Bunkamuraチケットメイトの会員登録をしましたが、
実はこの舞台も、今年の「ロープ」、「ひばり」、「写楽考」と、
全てぴあ等の先行予約で取っていました。
…チケットメイトのメリットはどれほどのものなのか、まだ実感できないでいますが…。

【あらすじ】（公演チラシより）
時は享保、塩釜の地。七兵衛は女房のお産の金欲しさに行きずりの座頭を殺し金を奪う。
が、生まれてきた男の子は盲だった。めぐる因果の恐ろしさに、七兵衛は自害する。
生まれた子は、塩釜座頭・琴の市に預けられ杉の市という名前をもらう。
手癖が悪く手が早い杉の市は、十三で女を知り、師匠の女房のお市にまで手をつける始末。
ある日、難癖をつけて金を巻き上げようとする佐久間検校と言い争ううち、
検校の結解（けっけ・目の見える秘書）を刺してしまう。
別れを告げに寄った母の家で、誤って母を刺し、お市と共謀して師匠を殺すが、
お市は瀕死の琴の市の返り討ちにあう。
一人になった杉の市は師匠から盗んだ金を携えて江戸に向かい、塙保己市の元を訪れる。
晴眼者以上に品性を磨くことを目指す塙保己市が、
万事が金と考える杉の市を弟子にするわけもない。
その後、藪原検校の下で貸し金の取立てで見る間に頭角をあらわす杉の市。
そして、二度目の主殺しをし、念願だった二代目藪原検校の襲名披露の日、
彼の前に立ちふさがる影が…。

・原作…井上ひさし
・演出…蜷川幸雄
・音楽…宇崎竜童

【主なキャスト】
古田新太…杉の市、後の二代目藪原検校
田中裕子…お市
壤晴彦…盲太夫（語り手役）
段田安則…七兵衛・塙保己市　他
梅沢昌代…お志保（七兵衛の女房）　他
六平直政…佐久間検校　他

「薮原検校」上演を知ったときから、待望の舞台でしたが、
実際に見てもその期待を裏切ることのない、総合的におもしろい舞台で大満足でした。
荒々しく粗野なイメージの話でしたが、実際そういった部分は残しながらも、
単に杉の市の欲望成り上がり人生を追ったものだけでなく、
悪人を取り巻く周囲の環境、当時の世相、盲人階級の仕組みといった概略から、
悪人で盲目ながらもある種の明晰さを持った、杉の市の人柄をユーモラスに演出、
どの場面も決して飽きたりだれたりしない、ほど良い緊張感のある舞台でした。

極悪非道の杉の市ですが、彼がここまで悪人になった背景を考えると、
盲人の階級制度も加え、同情を禁じえなくなります。
かと言って感情移入できるかというと、全くそんなことはなく、それでも嫌な気分にはならず、
時には笑い、時には沈み、衝撃のラストシーンまで、苦楽を共にしてきた錯覚を覚えるほどでした。
行く先々で人を騙し、殺し、圧倒的な強靭さを醸し出す杉の市、
その労力を他に向けられれば、社会的にも貢献できる人物となり得たのでしょうが…。
誤って殺害してしまった母の気持ちを思い遣ると、何とも切なさが漂います。
それにしても、古田新太の的確かつコミカルな演技が素晴らしく、
悪人の中にも憎めなさと親しみを感じさせ、独特の個性が輝いていました。
カーテンコールの投げキッスに悩殺されました…。

お市役の田中裕子さんも、悪女役が意外と嵌っていました。
私の中ではきれいな女優さんというイメージでしたが、執念深く妙な色気のあるお市を、
しっとりと美しくも、ある種の恐怖を感じさせる迫力があり、すごかったです。
琴の市と睦まじく暮らしていた頃が本当にあったのかと思うほど、激しい女性でした。

杉の市とお市以外のキャストは、皆二役以上を演じています。
特に段田安則の6役はすごい。
杉の市の父親、ラストの役人等様々ですが、いちばん印象的だったのは、塙保己市役。
思慮深く落ち着き払い、独自の道徳観を尊重する知識人で、杉の市とは正反対。
しかし、何故か杉の市と保己市の間には、奇妙な友情めいた感情が生まれます。
だからこそ、ラストに保己市に迫られた選択は、彼にとって大変心苦しいものだったことでしょうが、
そこでもあっさりと役人に協力する姿が、保己市の人間性をうまく表しているように思えました。
塙邸で、昼食中の保己市のおかずをこっそり食べ続ける杉の市との掛け合いは爆笑でした。

また、語り手の盲太夫役の壤晴彦さんもすごいです。
やはり目の見えない設定ですので、舞台の片隅でじっと目を閉じたままナレーションを続け、
抑揚のある声の響きが渋く、波乱に満ちた舞台上を上手く統率しているようでした。
声の調子、台詞のタイミングと、自然な仕上がりになる心遣いが素晴らしかったです。

盲太夫の長すぎるナレーションや、前半で披露される杉の市の早物語等、
お芝居と言えども気を抜かない本物の芸を感じました。
蜷川演出のすごさをまじまじと実感できた舞台です。

また、音楽は宇崎竜童さんの作曲ですが、使われる楽器はギターのみ。
これが情感たっぷりで、お芝居によく合っていました。
決してミュージカルではないと思いますが、杉の市の生き様を歌にし、
出演者のコーラスで語られるシーンも多く、楽しめました。
様々な、文字通りバラエティに富んだ舞台で、やっぱり見られて良かったなあと思いました。

ところで、杉の市は、薮原検校襲名直前に命を落とすことになりますので、
正確にはこのお芝居のタイトルは、「薮原検校」ではないはず、と思っていましたが…。
決して地道な努力はせずに、悪事に手を染めることだけで検校の座を手に入れられた杉の市、
彼の人生と野望を思うと、「薮原検校」のタイトルから、妙に説得力を感じました。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（観賞日：2007年5月18日）

コメント 8

ここを読んで、「おもしろうそう！」とBunkamuraのサイトを見たのですが、
もう終わっているのですね。残念。。
検校が出てくる出し物は、歌舞伎でも多くありますね。
しかし、一人何役も、、大変ですね。段田安則は好きな役者なので、思慮深く落ち着きはらったと雛鳥さんが表現なさってる塙ほきいち役、想像できます。蜷川演出で音楽が宇崎竜童、、斬新で楽しかったようですね。
いつもていねいなレポートで感心しています。
by TaekoLovesParis (2007-06-03 00:25) 

Taekoさま
nice!&コメント、ありがとうございます！
…見たのは結構前なのですが、UPが遅くなっているうちに、
上演期間終了となってしまいました…。
（今月はそんなのばかりです…。）
段田安則は私も結構好きで、舞台を見るまでは愉快なイメージでしたが、
今回の保己市役のような、賢人のような役も似合っていました。
蜷川幸雄の舞台は見始めたばかりですが、見るたびに不思議な演出で、
飽きることのない魅力が感じられます。

julieさま
nice!ありがとうございます！
by 雛鳥 (2007-06-03 11:26) 

ポスター、いいですねぇ。
デフォルメされてて面白いです。
俳優さんの方は誰が誰ってわかるけど
女優さんの方はこれはだれ？ってしばし考えてしまいましたよ～
by バニラ (2007-06-03 15:49) 

バニラさま
nice!&コメント、ありがとうございます！
今回のポスターは、インパクトありますよね。
最初劇場で見たとき、一体何の作品だろう…？と考えてしまったほどです。
舞台の内容をポスターで表すと、まさにこんな感じでした。
ポスターやチラシのデザインも、そこでイメージが湧きますので、
結構大事だなあと最近思います。
by 雛鳥 (2007-06-03 23:40) 

薮原検校、原作は読んだことがありますが、いまだ舞台は見たことがありません。おもしろそうなんですけどね～。
私もこのポスターいいなって思いました。役者さんも面白そうだし、いいな～。
by (2007-06-04 14:26) 

あやっぴぃさま
nice!&コメント、ありがとうございます！
原作読まれたんですね。いかがでしょうか？
原作は舞台よりも、もっと感情的に激しいような気がします。
実は舞台を見る前は、役者さんが若干地味？と思っていましたが、
このキャストだからこそ、渋く魅力ある舞台に仕上がったんだな、と
思い直しました。
蜷川幸雄、見始めると次々見たくなってしまいます。
by 雛鳥 (2007-06-04 21:04) 

見事な作品でしたよね。
私は、楽日近くの日曜日に観劇しました。
いずれ記事upの予定です。
ところで、チケットメイトの登録をされたということですが、ぴあ等の先行予約と大きく違うところがあります。
それは座席です。
先行段階では、各会社によって保有する座席の位置が決められていますので。
それに第二希望、第三希望に対する配慮もかなりありますよ。
by 柴犬陸 (2007-06-05 10:36) 

柴犬陸さま
nice!&コメント、ありがとうございます！
やはりご覧になられていましたか！記事、楽しみにしています♪
チケットメイトは、実はコクーン歌舞伎を取りたくて入会したのですが、
結局第1～3希望を全て外し、公演日問わずの再抽選で、
辛うじてコクーンシートが取れました。
（結局日程が合わず、知人に譲りましたが…。）
歌舞伎は松竹の主催もありますので、結構微妙かもしれないですね…。
色々希望を聞いてくれるとことなどは、他と違う魅力だと思います。
by 雛鳥 (2007-06-05 20:12)